引きこもり体験の紹介

 相談室には依存症や家族間の暴力、虐待、うつ、DVなどさまざまな悩みや生きづらさを抱えた人が来室しています。その中には過去に引きこもりを経験したクライアントもいます。先般、愛知県でネット依存で引きこもりをしている男性が、一家5人を殺傷した事件がありました。その話題から、どうやって自分は引きこもりから脱出したか、クライアントが体験記を書いてくれましたので紹介します。
          

         引きこもり体験記   
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ひさし
 
自分の引きこもり体験として、まずはじめには環境から話さないといけないかもしれません。小さい頃から親の干渉が激しく、自分の意志は殆ど無視されるような環境でした。
 引きこもり始めたのは20歳くらいかと思います。理由は何も希望する進路に進めないことです。まず、手先を使ってモノを作るのが大好きだったこともあり、また、楽器が好きだったこともあり、専門学校で技術を身につけ、楽器関係の仕事に行きたいと思っていましたが、親は「国家公務員になれ」とうるさく、この希望は無くなりました。自力で専門学校に通うにはまず家を出て干渉されない環境を手にしないとと思ってもいましたが、家を出ることも反対されていました。理由はまともに説明されたことがありません。
 その後、住宅ローンを一方的に背負わされたことから、財布として手元に置いておきたかったのだと思います。バイトもしていましたが、するだけ意味が無く、大学もただ通うだけで何もやる気がなく、そのバイトを辞めたことを切っ掛けに、殆ど外出することはなくなりました。唯一の外出は精神科のカウンセリングです。それからは向精神薬を乱用する毎日となり、人生を真面目に考えることはまず無くなりました。第一、考えてもどうにもならないので。そんな自分にも親は「国家公務員になれ」と繰り返すのみで、まったく話になりませんでした。
 21歳のとき、加藤諦三さんの「安心感」という本を読みました。その本の中で政治家を目指してヒッチハイクで色んなところを旅する青年の話があり、これに感動するということがありました。やはり自分の人生は自分のモノであり、責任は自分にしか返ってこないのだから自分の思うように生きるべきだと真面目に思いました。そう考えると、訳のわからない理由(あったのかは知りませんが)で圧殺されている生活は間違っていると感じ、やはり家を出たいこと、自分の進む進路に行きたいことなどを話しましたが、コレについてはボロクソに罵られて終わりとなりました。
 何でも「うちが貧乏なのはお前のせいだ」「お前だけ家を出て楽をしようとはどういう事だ」「みんなお前を親の苦労が判ってないと言っている」だそうで、罵られ続け自分は悲鳴を上げました。それ以来、酒浸りの上、薬も乱用する生活で、まともな状態ではありませんでした。酒の量が増えたのは薬を十分にもらえないから、その代わりとして使いました。独り言が止まらない、悲鳴を上げるなど異常な行為が続き、近所も何軒か引っ越していきました。完全な狂人です。親は何か言っていたと思いますが、ソレまでとも特に代わりがなかったと思います。そして、「国家公務員になりなさい」はまだ言っていたかと思います。
 22歳のとき、ようやく落ち着いてきただけでなく、いくつかの好きなミュージシャンの影響もあり、外に出てバンド活動をするようになりました。当然、まともに人と付き合うことは出来ず、人間関係はボロボロでした。育った環境が異常、ずっと一人で閉じこもっていたというハンディは大きく、今に繋がる人間関係はひとつもありません。それでも、もともと小さい頃から音楽が好きで、中学の頃からギターを続けていたのが良かったのかと思います。そういった人と繋がるツールがなければ何処にも行けなかったでしょうから。ただ、楽器を続けるのに必要な機材をバイトして買ったとしても、親はうるさく口を出してきました。また、練習することについても口うるさく言われることが多く、アルコールと薬物は続いていました。
 そんな間も家を出たいということはずっと思っていましたが、親による「国家公務員になりなさい」とか家を出る事の禁止はずっと続いていました。ちなみに家を出ても良い条件というのもありましたが、高校時代には「大学に入ったら家を出てもいい」、大学に入ったら「就職したらいい」、卒業より先に就職したら「卒業したらいい」、卒業したら「銀行預金が100万たまったらいい」と、条件はつり上げられ続け、結局、最後の条件を出された1年以内に無理矢理100万の資金を貯め家を出ました。家を出るとき、母親が弟に「お兄ちゃん出て行っちゃうんだよ」などと泣きながら電話しているのは酷く滑稽で腹立たしく思うものでした。今でも家には帰ったことはありません。
 高校時代の同級生で引きこもっている者がいます。自分がドラッグでおかしくなっているときに電話したことが切っ掛けで疎遠になっておりますが、そいつにも加藤諦三さんの「安心感」の話をしたらそれを読んでいたなんて事もありました。基本、外に出たいモノなのではないかと思います。ただ、本人のプライドが無駄に肥大して、現実と見合っていないと外に出るのは難しいかと思います。某巨大掲示板でも「ニートこそ選ばれし者」「働いたら負け」なんて文言を見たこともありますが、それは前述の肥大したプライドから来るルサンチマンではないでしょうか。基本、人とは繋がりたいものだと思います。人が何かを学べるのは人からですから。(ただ、自分は大まじめにそのことを主張して、親から罵られて発狂するに至っているので、心の中ではいまひとつ信じられませんが、実際。)都合の良いことばかり求めるのを批判するのは簡単ですが、面白いことがあるのを見せられるのが必要かとも思います。
 自分も高校時代に好きだったミュージシャンのCDボックスセットなど、迷わずに買えるのは収入のある生活をしているからだし、昔、金がなくて買えなかった音楽作品が気楽に買えるのは気分の良い物ですし。理想とする生活に近づけないからと人生を無為に過ごすのはもったいない。でも、外で苦労するくらいなら今の状況(苦しくはならない)が続くだけ続かせたいという気もわかりますが、本人が危機感を持たないとどうしようもないのは変わらない。で、現実を突きつけられるのも嫌がるなら、どこからもインプットはないので、そのまま自滅するしかないのでしょう。
 以前、徳永先生と話したときに「3ヶ月分くらいの生活費は出すから自活してみる」という案があり、自分としてもそれがベストなのかと思います。実際、一人で生活し、周囲に人がいない環境が出来ると、自由度というか、自分はその中で何がしたいかとか、どうしたいかなんてことを真面目に考えるようになると思います。自分はアル中でたえず酔っぱらっていたため、そんなに深刻には考えませんでしたが、何かの拍子にこんな生活がしたいとか、こんな仕事に就きたいなんて考える事がありました。もちろん、自閉の果ての一人暮らしは周囲と上手くやっていくことが困難で、早速近所から変な目で見られることにはなると思います。(自分もそうでした。)それでも自分で生きることを心底実感する必要はどうしても必要だと思います。
 自分は怒りと無力感から自殺行為を繰り返し今に至っています。さらに環境が異常だったため、あまり参考にもならないような気もしますが、元“引きこもり”として考えていることはこんなところです。直接外に出始めた切っ掛けは昔からやりたかった音楽と、ほぼ自殺行為でもかまわないという自棄の感情。結果は良かったのかよく判りません。

2010年8月