甘えられない家庭で育つと・・・「おまえはだめな子だ」と言われ続けて

 梢さんは、両親と母方の祖父母と弟の6人家族の中で育ちました。小さい頃、母に甘えたくても仕事に出ており家にはいませんでした。家のことや育児などは祖母が主にやっていました。祖母は気丈な人で言葉もきつく、梢さんには「ママはお前より仕事が大事だから、お前をおいて出ているんだ」とか、「だめな子だね。何もできない子だね」など侮辱する言葉や否定的なかかわりが多かったそうです。それは祖母だけでなく、祖父や両親からもありました。彼女は、自分は「だめな子なんだ」と思い込んでしまい、どうやったら自分が人から受け入れられるかと人前ではわざとおどけた振る舞いをして興味を引き、笑わせたりしていました。成長するうちに時々人間関係に苦しさを覚えることもありましたがこれが自分だと思い生きてきました。結婚してからも実家に帰ると、「お前はほんとにだめだね。何もできない。」と否定されたりしました。帰りたくないと思っていても、孫を連れてくるように言われるので、断わりきれずに帰ってしまうのでした。むしろ行かなければいけない、断ってはいけないとも思っていました。夫は、彼女の実家があまりにも謙遜した言い方をしたり、否定的な物言いが多いのに不自然さを感じていました。「何もそこまで言わなくても」と、彼女の立場に立って味方をしてくれました。味方は夫しかいないためか、実家で子どもが可愛がられたりすると、無性に腹が立ちました。「私には何もしてくれなかったじゃない。何で花子だけかわいがるのよ。」と、家に帰るとイラついて子どもにきつくあたり、時々手が出てしまうことがあるのだと訴えました。
 アダルト・チィルドレンのタイプに「ピエロ」を演じる子どもがいます。「私ってほんとにバカよね」と、自分を卑下してしまい、友人とも親密な関係はつくれません。最初の頃は泣いてばかりだった梢さんはカウンセリングの過程で、そういう自分のおかしさに気づき、自分が育った家族はへんな家だと気づくようになりました。そして、心の奥にしまい込んでいた実家への怒りを吐き出すうちに、表情が明るくなり自分の気持ちや感情、人間関係にまつわる出来事を言葉で表現できるようになってきました。なによりも自分を受け入れてくれる成熟した男性(夫)を選んだ彼女の配偶者選択はよかったのです。そして、カウンセリングで生育歴や家族関係などを語り続けることで虐待の進行にも歯止めがかかるようになってきました。
 家族は親密で愛してくれて、甘えさせてくれると幻想を抱いているかもしれませんが、そうではない現実もあります。親から虐待されてきた人ほど、自分を認めてもらいたいという思いが強く、温かく受け入れてくれない危ない家族に近づいてしまうのです。自分がまた傷つくかもしれないと脅えながらも自己主張ができず、「No」が言えない“いい人”を演じてしまいます。自分を傷つける危険な家族には近づかないこと、「嫌なことは嫌だ」と断ってもいいと確信したときに甘えさせてくれなかった親ときちんと向き合うことができます。Bさんの原家族へのかかわり方が変化していくと、子どもの硬かった表情にも笑顔が戻り甘えられるようになってきました。

PHP 別冊12月号 2008より転載しました。

2008年11月