卜部 今日は沢山のお客様にご来場いただき、ありがとうございます。私は映画『SCOPE』の監督の卜部敦史と申します。今日は素敵なゲストの方にお越しいただき、これからトークショウを行ってゆきたいと思います。是非ともお時間の許す限り最後までゆっくりご静聴のほど宜しくお願いいたします。それではさっそくゲストの方をお招きしますので、みなさん盛大な拍手でお迎えください。こころの相談室「リカバリー」の代表で、ソーシャルワーカーの吉岡隆さんです。どうぞお入りください!(拍手)

吉岡 今日はこのような席にお招きいただきありがとうございます。ぼくの話が何かのお役に立てばと思って伺いました。よろしくお願いします。

堀井 映画「SCOPE」の脚本・撮影・プロデューサーを担当しております堀井威久磨と申します。本日は最後までよろしくお願いします。(拍手)吉岡さんは普段は性依存症患者の方や性犯罪加害者の方の治療をされていらっしゃるということなんですね?

吉岡 個人の相談室を始めて12年になりますが、依存症の方だけでなく、さまざまなこころの問題を抱えた方が大勢来られています。性依存症の方で性犯罪にまで至ってしまった方には30人以上お会いしました。

堀井 まずこの作品をご覧になった率直な感想から聞かせてください。

吉岡 ぼくは映画のことについては全く分からないんですが、自分の感想としては監督さんが少し欲張りすぎたかな(笑い)と思いました。要するに色々なテーマを入れ過ぎてしまった。例えば性暴力の問題や性暴力被害の問題だけでなく、母親から虐待を受けていたり、工場長さんは飲酒運転で事故を起こしたことがあるとか、職場でのいじめ、言語聴覚障害、身体障害、ストーカー、心中…と沢山ありました。多分一番伝えたかったところは、被害者と加害者とが向き合って「この問題から何を学ぶか」だったのだと思います。そのあたりを山にするのであれば、もっとシンプルに描いた方が観る側には伝わり易かったかなと。でも監督さんの色々な想いが溢れて、色々なテーマが入って来たのかも知れません。これから次の作品に向けて、そういうところが更にアップされてゆかれるといいかなと思いました。

堀井 監督、今後の課題について…

卜部 はい。有難いご意見を…(笑い)

堀井 監督と吉岡さんのお二人にお聞きしたいんですけど、この映画『SCOPE』という作品のテーマになっているのは性犯罪者監視法というものなんですね。一番有名なのはアメリカのメーガン法ですが、韓国・イギリス・ドイツなど殆どの先進国で、刑務所を出た性犯罪者を監視する法律があります。この映画は日本でもその法律が制定されたという仮定の話なんですが、監督と吉岡さんはこの法律の制定についてどう考えますか?

卜部 個人的見解ということでいいですか?

堀井 そうですね。

卜部 この作品を作るきっかけになったのは、日本での監視法の制定に疑問があったからなんです。新聞記事で法務省が2年前に施行を検討しているという記事を見まして、今後これはできる可能性があるなと考えたんです。ある意味、今回は極論の世界で、厳罰が行過ぎた世界を自分では描いているんですが、ただ罰を与えたり行動を縛ったりするのではなく、その前段階として加害者本人とか対象者をもっと治療教育できるんじゃないのかと。そして性犯罪に関する議論も増やしてゆくところから考えられないだろうかと。ただ、「あり」か「なし」かで聞かれると、自分の中での答えは出ていないんです。

堀井 映画の中でも明確な答えというものは提示していないですよね。

卜部 そうですね。自分が分からないだけに、お客さんに観ていただいて一緒に考えて行けたらいいなあと思いました。

堀井 ちなみにこの性犯罪者監視法なんですが、記憶にある方もいらっしゃると思うんですが、日本だと2004年に「奈良女児殺害事件」というのがあって、あの直後に法務省が性犯罪者監視法というものを検討する形に入りまして、実は吉岡さんもそれに関わっていたんですよね。

吉岡 法務省が立ち上げたのは「性犯罪者処遇プログラム研究会」で、「性犯罪者監視法検討委員会」ではありません。ぼくはその研究会のメンバーにも入っていませんでしたが、ゲストが二人呼ばれました。一人がぼくで1時間くらいこの問題の解決方法についてお話させていただきました。もう一人は精神科医で、彼の方はこの映画にもあったように薬物で性欲を抑えるという主張をしていました。つまりぼくの主張とは正反対だったわけです。性犯罪者・性依存症者だけでなく、何の依存症もそうなんですが、好きで依存症になる人などいません。みんな「再生か死か」の病気になって苦しんでいるわけです。その人がなぜ依存症にならざるを得なかったのかということを掘り下げてゆかなければ、根本的な解決にはならないんじゃないかと思います。ぼくは依存症の相談に対してだけでなく、他の相談に対しても「回復するための5本の柱」というものを使っています。
 1つ目は医学的治療です。これは今お話したように薬で性欲を抑えるといったようなことではありません。他の精神障害が合併していたり、身体疾患があったりするのなら、それに対する適切な医学的治療が必要だということです。2つ目は心理教育です。依存症というのは性格のだらしなさや、意志の弱さからなる病気ではありません。なぜならコントロール喪失の病気だからです。たとえお酒を10年間やめていても、一杯飲めばすぐに前の状態に戻ってしまいます。アルコール依存症なら一杯どころか一滴も飲んではいけません。治癒は確かにありませんが、回復は限りなくある病気です。そういうことを学ぶ必要があります。3つ目はカウンセリングです。この主人公にしても性に関する問題があるのなら、なぜ自分はそういう問題を起こさざるを得なかったのか、なぜ自分は性依存症者にならざるを得なかったのかということを、掘り下げて考える必要があります。4つ目はリハビリテーションです。社会復帰に向けてどうプログラムを組むかということで、実際にアルコール依存症や薬物依存症、ギャンブル依存症のリハビリ施設では1日に90分のミーティングに3回出なければなりません。それを大体1年間続けるわけですから、卒業するまでには1000回以上のミーティングをこなすことになります。5つ目は相互援助グループのミーティングです。セルフヘルプとも言われていますけれど、ミーティングに出て仲間と「経験と力と希望」の分かち合いをするんですね。そこには治療者は入っていないんですけれど、そこに通い続けている仲間の中に「自分もあの人のようになりたい」という人がいれば、その人が回復モデルになるし、また同じ問題を起こした仲間を見れば、自分も繰り返せばああなってしまうんだという再発モデルを見ることもできます。こうした5本の柱を使って回復している人が大勢いるのに、法務省の最終報告書にはぼくの意見が全く取り上げられませんでした。つまり法務省は「本気でない」ことを自ら露呈してしまったわけで、とても残念に思います。

堀井 吉岡さんの意見としては、犯罪者を監視するよりも治療や教育に重点をおくべきだということですね。

吉岡 もちろん監視には大反対です。要するに、監視して何が解決できるのかということです。そしてなぜ性犯罪者だけを監視するのかということです。強盗とか殺人とか放火とかの犯罪者には何の手も打たず、性犯罪者だけをターゲットにしているのは、正に彼らをスケープ・ゴート(生け贄)にしているからです。

堀井 質問を変えて監督にお伺いしたいのですが、普通は被害者側から描くことが多いと思うのですが、なぜここでは加害者を主人公にしたんですか?

卜部 それはよく聞かれる質問ですね。自分としては自然にそこに来たという感じなんです。ぼくはテレビの報道の方で3年ほど前まで仕事をしていまして、被害者の方の取材というのが多かったんですが、出所後の加害者というのはテレビでなかなか描きにくいところでした。常日頃、性犯罪にしてみれば原因の元は加害者というものが存在するということが一つありますよね。性犯罪をなくすには、と考えたら途方もないというか思いつかないけれど、減らすにはと考えたら加害者を見つめて原因なり何なりを探ってゆく必要がある。誰かが描く必要はあるかなと思って、今回は自分が描きました。

堀井 リスクとかは感じませんでしたか?

卜部 それは感じましたね。自分としては加害者擁護の作品を作ったつもりはないんですが。

堀井 ネット上とかでは『SCOPE』が加害者を凄く擁護している作品としてとらえている方がいらして、かなりバッシングを受けられているようですが…。

卜部 そうですね。けっこうマスコミとかメールとか、被害者を支援されている方とか、当事者の方とかから「なぜこれを作ったんだ」とか、「私を傷つける気か」とか、そういったご意見も沢山いただいています。一般の方もそうなんですが、議論の余地がなかなか起こりにくいと言いますか「加害者許すまじ」と言いますか、それは世間の風潮を現しているのかなと思います。生理的な嫌悪感というか、それが他の犯罪と比べても特殊なのかなと日々感じています。

堀井 なるほど、なるほど。では吉岡さんにお伺いしたいんですが、映画では物語を通じて犯罪加害者の贖罪というものを描いているんですね。現実の世界では…凄く大きな話になっちゃうんですけど、どうしたら性犯罪問題を減らすことが出来るんでしょうか。非常に広い話になってしまいますが。

吉岡 依存症の分野で有名な相互援助グループはAA(アルコホーリクス・アノニマス)というアルコール依存症者のグループですが、薬物依存症者ならNA(ナルコティクス・アノニマス)というグループがあります。もともとどちらのグループもアメリカから入って来たわけですが、両方とも刑務所などにメッセージを運んでいます。つまり自分たちの回復の物語を話しに行っているわけです。治療場面でもそうですが、何が希望になるかと言ったら、自分と同じ病気(問題)を持った人の回復した姿を見ることでしょう。そうしたことに法務省はもっと積極的に関与して欲しいとぼくは思います。ぼくの最初の職場は精神病院でした。精神病院でぼくは「落とし穴」に落ちたんです。結局、病院という所は皆さん悪くなって来られる所なんですね。良くなれば退院される。そうすると、その人が社会の中で回復した姿というものを、病院の職員は実は見ていないんです。それがぼくにとっての「落とし穴」でした。ですからアル中は大嫌いでしたし、薬中はもっと嫌いでした。それから15年以上も経って、初めて大勢のアルコール依存症者や薬物依存症者に出会い、なんて自分は失礼な思いを彼らに抱き続けていたんだろうと気がついた訳ですね。ですから性の問題にしても同じことが言えると思います。性犯罪でぼくの相談室に来られる方で一番多いのは窃触症の方です。いわゆる「痴漢」の問題で逮捕された方です。弁護士さんや精神科クリニックなどを経由して来られる訳です。そこでさっきの5本柱の説明をさせていただくことになるのですが、実は4本目のリハビリテーション施設というのが性依存症の方にはないんです。それこそ国が作らなければとても出来ない話です。それでも心理教育とカウンセリングと相互援助グループの3つを使いながら回復を続けている人は何人もいます。何を持って回復かという話になると、また議論になると思いますが、少なくとも同じ問題を繰り返してはいないということです。なぜ繰り返すのかと言えば、その問題から何も学んでいないからです。どこを変えたらいいのかが分からないからです。国の政策の中に「回復した人の話を聞く」ということを取り入れれば、依存症者にとって大きな助けになるでしょう。彼らが体験したことは「宝庫」だとぼくは思っています。ぼくのところには依存症の相談が多いのですが、ぼくは休みの日にはアルコールや薬物やギャンブルなどの問題から回復に向かっている本人や家族の話を聞きに、セミナーやフォーラムに出かけて行きます。そこで「こうしたことが自分の回復の役に立った」ということを教えていただいて、相談場面に応用している訳です。回復者の姿を目で見たり、話を聴いたり、手記を読んだり…、そうすることで「やっぱり回復できる病気なんだ」と信じることが出来るんですね。ですから目を開き、耳を傾ける気さえあればヒントは沢山転がっているんです。

堀井 監督はこの脚本を書かれている時に、性犯罪の加害経験がある方や性依存症の方が集まる自助グループというところを見学されたんですよね。

卜部 そうですね。月に一度オープン・ミーティングというのが開かれていて、自助グループという分かち合いの場で、皆さんがそれぞれ自分の問題を出し合って聞くだけというスタイルでやっていました。ああいった自助グループというのは世間的には認知度が低いと思うんですが、吉岡さんから見て更正に向かう上での効果というものはあるんでしょうか?

吉岡 今使われているプログラムというのは1935年にAAが始めたもので、12のステップを使っています。これは1から12までのステップを践めばいいというものではなくて、毎日の生活の中に1から12までのステップをどうやって使って行くかということなんです。ですから生き方のプログラムでもあるし、人間関係修復のプログラムであるとも言われています。実際に映画の中でも主人公が被害者の家族に謝りに行くというのがありましたが、あれはステップで言うと9番目の「埋め合わせ」なんですね。そういうステップを践んで行くことによって、少しずつ回復へ向かって行くことは確かに出来るんです。今あったようにミーティングは「言いっぱなし・聞きっぱなし」で、中に治療者は入っていないスタイルですが、こういうスタイルは精神保健福祉の分野では広く知られています。
 依存症から回復するために必要なことが3つあります。(1)心を開くこと(2)やる気になること(3)正直になることです。なぜ正直になる必要があるかと言えば、依存症は嘘とセットだからです。嘘をついている間は、まだ依存対象を手放す気になっていないということです。もし、「言いっぱなし・聞きっぱなし」というスタイルではなくて、自分が正直な気持ちを話したら、誰かが横槍を入れたとします。そういうことがあったら、次からは誰も正直な話をしなくなってしまうでしょう。ですからAAだったら「今日飲みたくて仕方ない」と言っていいんだし、NAだったら「今日シャブやりたい」と言っていいんです。そういうことを言うことによって、自分の本当の気持ちが分かるし、ガス抜きもできる。そして自分だけじゃないんだと仲間と共感もできるわけです。性依存症治療の第一人者であるパトリック・カーンズ医師も「12ステップのミーティングは治療プログラムから外せない」と言っていて、その効用を保証しています。日本では性依存症のグループはSAとSCAとSLAAの3つなんですが、アメリカやカナダには他に2つくらいグループがあるそうです。その効用は確かに認められています。

堀井 なるほど。まだまだお話をお聞きしたいのですが、時間が来てしまいましたので、ここら辺で終わりにさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。

(2010.5.15 渋谷アップリンクX)

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 第33話 映画『SCOPE 』トークショウ