ぼくが小学校5年生か6年生の頃だったと思う。合唱コンクールに出るために、担任の先生がクラスの何人かをピックアップした。ぼくもてっきりそのメンバーに入れると思っていた。だが入れなかった。その時に、かなりがっかりしたことを覚えている。みんなが練習している課題曲を、ぼくは教室の外で聴いていた。
    広い肩をした 私のおじさんがやってきた
      熊が住むという 山の話をした
      低い声だけど 歯がきらきら
      万年雪の 歯がきらきらした

 中学・高校でテニスをしていたので、大学でもテニスをしようと思っていたが、入学式で聴いた男声合唱団の校歌に魅せられて、グリークラブ(Glee Club)に入ることにした。小学校時代に合唱団に入りたい気持ちが叶えられなかったこともあったが、もうひとつ動機があった。それは今でも交流がある鈴木武志君の影響が大きい。高校が同じだった彼は交響曲や歌劇などに造詣が深く、後にそうした知識に加えて、録音や撮影の技術も磨いていった。そしてサンスイやソニーといったオーディオの分野で活躍をするようになった。
 その彼がある時に「凄い曲を聴いたよ」と言って、ぼくに教えてくれた曲があった。ジュゼッペ・ディ・ステファーノが歌う『カタリー』という曲だった。東芝エンゼルレコードから発売された、ジャケットがオレンジ色のシングルレコードは、ぼくの宝物のひとつになった。
以来、ぼくはカンツォーネの虜になっていったのだった。
 上智大学グリークラブでは新井満君とも同期だったが、残念なことに彼は病気になり、1年ほどで退部してしまった。ぼくは4年間クラブを続けることができ、卒業演奏会では彼のアルバムにもある『お母さんおぼえていますか』を歌わせてもらった。先日部屋を片付けていた時に、演奏会で収録していた何本ものカセットテープが目にとまった。そのままにしていたら劣化してしまうと考えて、鈴木君の家を訪れた。CD化を依頼するためだった。
 作業にとりかかるうちに、不安が的中してしまった。『お母さんおぼえていますか』のソロに入るところで、テープがぷっつり切れていたのである。消えてしまったものが再生する筈はないのだが、何度もテープを回してはふたりで大きな溜め息をついていた。やっとの思いで辿りついた結論が「テープを持っている人を探すしかない」だった。
 同期の高橋直樹君に電話すると、「協ちゃんのメモリアルコンサートをすることになり、3月から練習を始めたが、そこに参加している人の中に、持っている人もいるかも知れない」ということだった。「協ちゃん」とはぼくが学生時代の指揮者で、北村協一先生のことだが、みんなから兄貴のように慕われて「協ちゃん」と呼ばれていた。練習と遊びのメリハリがはっきりしていて、練習の時は眼光鋭く厳しかったが、演奏旅行などでは悪戯の限りを尽くし、仲間が次々と彼の標的になった。
 その「協ちゃん」が2006年3月13日に亡くなった。ぼくはセカンドテナーの一員として、4年間「協ちゃん」の指揮で歌えたことは幸運だった。数多くの演奏会の中でも特に印象深いのは、北海道に演奏旅行に行った時のことだった。函館と札幌で『雪明りの路』(作詞:伊藤整/作曲:多田武彦)を演奏したのだが、その中にある「梅ちゃん」という曲を振った「協ちゃん」の姿は、今でも鮮明に覚えている。彼が人知れず秘めてきた思いが、その曲に凝縮されたかのようだった。
 赤や青のペンで沢山書き込みをした40年前の楽譜を携えて、先日ぼくはOB合唱団の練習に参加した。グリーとは無伴奏の三部以上の合唱形式のことなので、ほとんどの曲はアカペラである。この日練習場に響く男声四部のハーモニーに浸りながら、ぼくは「協ちゃん」のことを思い出していた。「協ちゃんが、ぼくのことも呼んでくれたんですね」。

(2007.5 吉岡 隆)  

第21話 協ちゃん

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