ぼくの住んでいる町は、さいたま市という名に変わってしまったが、以前の名は浦和市だった。もともとサッカーには熱い町だが、昨年は浦和レッズがJリーグと天皇杯で二冠に輝き、町は更に燃え上がった。
 ところでぼくは相談室を開く時に、ひとつだけルールを決めさせて頂いた。『愛しすぎる女たち』の著書で有名なロビン・ノーウッドが、相談を受ける条件としてセルフヘルプ・グループへの参加を義務づけていたが、それをぼくも見習うことにしたのだ。
 ぼくがセルフヘルプ・グループの意義を知ったのは、最初の精神病院に就職した頃なので、かれこれ40年近くも前になる。その頃は統合失調症の人たちのグループだったが、やがて神経症やうつ病、てんかん、アルコール依存症、薬物依存症、ギャンブル依存症、摂食障害等の人たちのグループと出会うようになり、セルフヘルプの力を更に信じるようになっていったのである。
 アルコール病棟で活動していた頃は「鬼軍曹」と呼ばれながら、アルコールや薬物の依存症者たちに、AAやNAのミーティングに行くことを、ぼくは強要していた。
 最初からミーティングが面白い訳はなく、嫌々出ていれば、当然出ずに済む理由探しの時間に終始する。それでもいい。出続けていれば、ある日仲間の話が耳に届くようになるからだ。
 仲間たちは強要をしない。謎めいた笑みをたたえながら「良かったら又いらっしゃい」と言って、握手してくれるだけだ。「良かったら来い」ということは、「良くなかったら来なくていい」ということでもある。依存症の回復とは、依存から自立に向かうこと、つまり自己責任を持てるようになることである。この何気ない一言に、実は「来るも、来ないも、自分の責任だよ」という意味が込められている。ぼくに尻を叩かれミーティング場に行くと、この巧妙な罠が仕掛けられている。
 しかし、この罠にかからず、その後も自分の生き方を変えなかったらどうなるのだろう。依存症が「再生か死」の病であることを思い起こせば、答えは明らかだ。そして、罠が実は命綱だったことに気づいた時には、もはや手遅れになっているかも知れない。
 相談室でも、ぼくは「鬼軍曹」を変えてはいない。セッションの終わりには「セルフヘルプのミーティングに行って下さい」と言う。殆どのクライエントはミーティングに通うようになるのだが、それでも通おうとしないクライエントもいる。
 言葉で伝わらないのなら視覚に訴えよう、そうぼくは考えた。サッカーの審判をしている友人に教えてもらって、イエローカードとレッドカードを作ったのだ。
 「リカバリーのルールはご存知ですよね。あなたがミーティングに行かないことを認めてしまうと、ぼくもルール違反になってしまいます。これはイエローカードです。この次のセッションまでにミーティングにいらっしゃらないと、このカードはレッドに変わります。」
 通おうとしないクライエントには、そう伝えている。こうして相談が終わってしまったクライエントもいる。しかし、その後ミーティングに参加するようになり、「相談を再開したい」というご希望があれば、それにお応えする用意はしている。だが残念なことに、そういうクライエントはまだ現れていない。
 友人から「ジュニアの試合では、フェアプレーをした選手には、グリーンカードを出す」という話も聞いて感動したぼくは、さっそくそのカードも作ることにした。

(2007.4 吉岡 隆)

第20話 イエローカード/レッドカード

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