2007年2月18日、雨の中を竹橋にある学術総合センターに向かった。10:00から開かれる「性犯罪者の再犯防止のために-トリートメントとアセスメント-」と題された国際シンポジウムに参加するためだった。30分以上前に到着したのだが、たちまち広いホールは埋め尽くされていった。ぼくは精神保健福祉センターの職員から情報を得て申し込んだのだが、この人たちはどこから情報を得たのだろうか。
 2004年11月に奈良市で小学校1年の有山楓ちゃん(当時7歳)が誘拐殺害されたが、これを機に法務省の矯正局と保護局は、合同で2005年4月「性犯罪者処遇プログラム研究会」を立ち上げた。そして翌年4月からこのプログラムを実施し始めた。
 2005年6月23日にぼくもこの研究会に招かれたので、「性依存症からの回復」というテーマで、性依存症者のリハビリ施設の必要性やセルフヘルプ・グループの有効性について話をした。精神科医とぼくが話した後は、質疑応答になるだろうと予想していたので、午後の相談は予約を入れずに法務省に行ったのだが、ぼくの話が終わると二人は研究会の会場から出されてしまった。その時ぼくには、臨床的な「あの感覚」が起きた。何か変だ。
 2006年3月に、性犯罪者処遇プログラム研究会報告書が出来上がった。その中で、薬物療法と少年用性非行処遇プログラムと刑期満了に伴う限界については、今後の課題としてあげられていたが、リハビリ施設やセルフヘルプ・グループのことは一言も書かれていなかった。
 「あの感覚」は、役所主導の委員会がよく使う「アリバイ作り」のことだったのだ。要するにシナリオは最初から出来ていて、それに影響が出ない程度の意見を聞いて、反対意見も聞いたことにするというあの手法である。
 それでも現場の保護観察官との連携ははかれるのではないかと思い、法務総合研究所や更正保護委員会、保護観察所などで引き続き、リハビリ施設の必要性やセルフヘルプ・グループの有効性についてぼくは話をしてきた。
 今回のシンポジウムのプログラムに、性犯罪者処遇プログラム研究会メンバー8人のうち4人の名前が載っているのを見て、おおよその内容は予想できた。5人の講師のうち4人が心理系(一人は精神科医)だったが、全員に当事者の視点は抜け落ちていた。「性犯罪者の問題は、社会全体の問題だ」と言いながらも、従来の「伝統的」な治療者観と変わるところはなく、「私は治療する人、あなたは治療される人」という立ち位置での講演だった。
 ひとりくらいセルフヘルプのことに触れても良いのに誰も触れないので、たまりかねたぼくは「SAやSCAなどのセルフヘルプ・グループからのメッセージが刑務所に入っているのか」と質問用紙に書いて出したのだが、最後まで取り上げられることはなかった。
 シンポジウムの最後に法務省の課長が「性犯罪者処遇は、法務省の中でも最重点課題です」と述べていたが、ぼくは首を傾げながらその言葉を聴いていた。 相談なり治療なりが終結しても、5年後10年後の姿が対人援助職者に見えるわけではない。実はそこが盲点なのだ。もし、刑務所にセルフヘルプのメッセージが運ばれれば、受刑中も、仮釈放になって保護観察所でプログラムを受けても、それが終了しても、一貫してセルフヘルプというライフ・ラインは続いてゆくのだ。
 セルフヘルプの歴史は「専門家への愛想尽かし」から始まったが、残念なのはその歴史が今も続いていることだ。「希望を持つのはいい。だが期待はするな」とよく言われる。クライエントには希望が持てるのだが、この国に希望が持てるようになるのは、いつのことだろう。

2007.3 (吉岡 隆)

第19話 希望を持つのはいい。だが期待はするな 

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